Culture NIPPON シンポジウム

カルチャーニッポン
Culture NIPPON シンポジウム Tokyo 東京大会
シンポジウム Tokyo 東京大会

文化庁beyond2020文化オリンピアード
2019年2月9日
Culture NIPPON シンポジウム Tokyo 東京大会
文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~<東京大会>

オープニングアクト

大前光市氏「プロローグ」
  • 大前光市氏によるダンスパフォーマンス
  • 大前光市氏によるダンスパフォーマンス

主催者挨拶

宮田亮平文化庁長官
宮田亮平文化庁長官
大前さんのパフォーマンスが非常に素晴らしかった。先に、大前さんの楽屋でご挨拶させていただいたら、なんと、大前さんの師匠でもある浮島副大臣がおいでいただき、素晴らしいことをおっしゃった。表現がちょっと違うかもしれないが、「障害を持っているからこそ、障害を前に出していくのではなく、美しさと心を表現することによって、多くの人を感動させる。それを忘れてはいけない。」この言葉に、私は大変感動した。そして今拝見し、思わず、「ブラボー」と叫んだ。今回、文学というものを一つのテーマにしている。これは、表現の仕方が文字ということ、それから文学と言っても古くは源氏物語絵巻にもあるように、絵画も含めて文字の中での表現ということで、非常に幅広いものを、実は日本人が世界に先駆けて持っていた。そのことに自信をもって頂きたい。

今年は2019、そして2020がやって来る。日本の文化の最大の魅力を「日本博」という言葉で表現し、発信したいと思っている。世界の人たちに「日本はなんて素敵なんだ」ということをぜひとも伝えたいと思っている。そのためには、ご来場の皆様にも、今まで当たり前だと思っていることが、こんな素敵なことだということを改めて発掘し、伝えていっていただきたい。

今日はこんなに寒いにもかかわらず来てくれた皆様は、勇気を持った人だと思う。本当素晴らしい。帰られたら、皆様伝道者として、日本博、日本の文学を含めた「日本文化」を大いに発信していただきたい。

基調講演

ロバート キャンベル氏「人と人とを繋ぐ文学の力」
ロバート キャンベル
本日は、「人と人とを繋ぐ文学の力」ということで、繋ぐとはどういうことなのかお話していきたい。私は現在、国文学研究資料館で仕事をしている。そこで、1300年に渡る日本文学の歴史や文献資料の保存、活用をしている。そして、それを基盤として日本語という1000年以上絶やすことなく続いているもののなかにある、現実や事実を掘り下げて研究してきている。日本の文化というと、どういったことを思い浮かべるか。和食や漫画、映画、ものづくりも素晴らしい。その他にアートや浮世絵などさまざまなものがあるが、日本文化を支え、育ててきたのは、実は文学であると考えている。文学を辞書で引くと「言語表現による芸術作品」と書かれている。日本文学の大きな特徴は、芸術という側面だけでなく、森羅万象ありとあらゆることを含んでいることではないかと思う。

私自身の話になるが、7年前に大きな病気で2か月ほど入院した。その間仕事ができず、何かやりたいと思い、20代のころから大好きだった井上陽水の歌を1日1曲英訳した。退院後、それを見返してみると、歌詞でいろいろと分からないことがあることに気づいた。

例えば、「傘がない」という曲がある。歌詞の意味は、誰が読んでもすぐに分かると思う。外国人でも、中級程度の日本語ができれば理解できるのではないか。しかし、翻訳してみると、タイトルの「傘がない」もそうだが、歌詞のなかに「君」という言葉は出てくるが、私や僕などの一人称が出てこないことに気づいた。そこで英訳には一人称を入れ、退院後、本人に連絡をとり、この英訳を見てもらい、教えてほしいと申し出た。最初はあまりはっきりとその意味を教えてくれなかったが、何度目かに伺ったところ、「この傘がないという歌の傘は象徴であり、人間・人類の傘なのである。傘は平和や優しさである。だから英訳のタイトルは『no umbrella』でお願いしたい」とのことであった。

この一曲が芸術なのか文学なのか、議論することにはあまり意味がないと思う。面白いのは、日本語のなかにある、景色や事柄を人々と共有でき、勇気づける力にあると考えている。日本の文化のなかに育った人であれば、すぐに感情移入、共感できることが、他の文化で育った人には分かりにくいことも出てくる。そんな時に少し手を差し伸べる、それが「おもてなし」なのではないか。おもてなしをすることによって、異文化の方を豊かな日本の文化に連れ出してほしい。最後に、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、またその先も文学というものが、人々がより元気に強く、そして深く生きていくための1つのヒントになってくれればと思っている。

特別トーク

宮田亮平文化庁長官 三輪善英文化庁文化プログラム担当室長 高校生ニッポン文化大使の皆さん
高校生ニッポン文化大使と語る「日本文化の魅力」
宮田亮平文化庁長官 三輪善英文化庁文化プログラム担当室長 高校生ニッポン文化大使の皆さん

三輪 高校生ニッポン文化大使とは、文化庁と朝日新聞社が実施している、12人の高校生を「高校生ニッポン文化大使」に任命し、日本文化の伝道師として活動していただく取り組みである。今回のシンポジウムで宮田長官と日本文化の魅力を語る場を設けることができた。シンポジウムにあたり、5人の高校生が手を挙げてくれたが、彼らは東京に住んでいるわけではなく、日本各地から本日駆けつけてくれた。
宮田 高校生ニッポン文化大使の皆さん、今日はありがとう。今のあなた達は、夢に向かっての期待感や、目標を達成できるだろうか、という思いで進んでいると思う。今回手を挙げてくれたことは、まさしく新しい道をそれぞれがつくっているということであると思う。そんなあなた達に拍手を送りたい。これから皆さんに発表してもらうが、ぜひ歴史を変えるぐらいの気持ちで堂々とお話いただきたい。
安野 日本文化には静的な面と、動的な面、両方の部分があると思うが、日本は静的な部分が注目されていることの方が多いように思う。例えば、方丈記では無常観や静的な部分を表現するために、京都の大火災など災害の動的なものを用いることによって、全体として静的なものに見えるよう表現しているのではないかと考えている。私はそういった日本文化の「静」と「動」の両面性を伝えていけたらと思っている。
熊倉 私は、文化が自然と結びついていることが日本文化の魅力であると思っている。その代表例が縄文文化の土偶である。土偶というと、人の形を模したものが比較的有名であると思うが、実はイノシシや貝の形をした土偶など、自然をモチーフにしたものも多く出土しており、縄文人が自然との関わりを大切にしてきたことが分かる。私たちは2020年、さらにその先に向かって、文化と自然との関係性を認識して世界に発信していくべきであると考えている。

宮田亮平文化庁長官 三輪善英文化庁文化プログラム担当室長 高校生ニッポン文化大使の皆さん

藤木 私は、日本文化と呼べるものは縄文文化が基礎であると考えている。私の住む新潟県十日町市では、国宝に指定された火焔型土器が出土した。2020年東京オリンピック・パラリンピックの国立競技場の聖火台に火焔型土器を採用してもらうことが、私の夢の1つでもある。縄文の崇高な精神と、日本人の素晴らしさを世界に知っていただくよいきっかけになるとともに、その願いを共有していくことで、より豊かな文化を構築していく原動力になると考えている。
南條 私が伝えたい日本文化の魅力は陶器である。私は高等学校で信楽焼について学んでいる。信楽焼は、昨年、瀬戸焼・備前焼などの日本六古窯の1つとして日本無形文化遺産に登録された。日本の若い世代の方は信楽焼など焼き物もそうだが、日本独自の文化にあまり興味がないように思われる。そのため、私たち、高校生が信楽焼をもっと若い世代の人にも広めていきたい。
山田 私は今回、日本美術の魅力についてお話したい。私は大昔から現代を貫いている日本美術の特徴のようなものがあると考えていたが、それを言葉にできなかった。例えば、「自然描写に愛がある」といっても、その他の特徴や魅力は無視されてしまって、作品全体を貫いているものではないと思った。しかし、ふと単に魅力ということであれば、面白い作品が一つ一つ存在するだけで十分なのではないかと思った。それぞれを見て、考えることを楽しんでいければよいのではないだろうか。
三輪 これからニッポン文化大使として、やっていく決意表明を一言でお願いしたい。
安野 今後は大学へ進学し、国文学について研究し、それを海外に発信できるようになりたい。
熊倉 あまり知られていない縄文文化をはじめ、日本の文化の奥深さを日本国内だけでなく、世界中に発信していきたい。
藤木 2020年東京オリンピック・パラリンピックを招致する際に「おもてなし」という言葉が流行したことは記憶に新しい。古来から受け継がれている日本人独特の心のあり方を大切にしていきたい。
南條 信楽焼や、日本の陶器のことを海外の方に知ってもらえるように発信していきたい。
山田 今回ニッポン文化大使に任命いただき、はじめて積極的に自分から発信していこうという意識ができた。将来は美術や文化財の普及や、それらを次の世代に引き継ぐお手伝いができればと思っている。
宮田 本日は短い時間であったが、思いを語ってもらい、本当にありがとう。最後に縄文というのは1万3千年前である。世界中でもあれだけのことをやっているのは日本だけではないか。そして1万年間にも渡る平和というものを作れたことに対して、日本人として誇りを持っていただけたら幸いである。

ショートプレゼンテーション

村田沙耶香氏「文学が与えてくれた『出会い』の奇跡」
村田沙耶香
「文学が与えてくれた『出会い』の奇跡」というタイトルでお話していきたい。今まで文学というものに携わり小説を書いてきて、一番感動したことは、さまざまな出会いのなかで心動かされてきたことだ。私は昔、自分の空想のなかに閉じこもってしまうような子どもであった。小学4年生の頃から小説を書き始め、その時は小説の神様と自分だけの世界に没頭した。しかし、だんだんと誰かに読んでほしいと思うようになった。

「読書は、音楽に例えれば、『演奏』だ」という小沢信男先生の言葉がある。この言葉を教えてくれた宮原昭夫先生は、この言葉を引用し、「小説の文章は演奏にあたるのではなく、楽譜にあたるのだ」と言った。素晴らしい楽譜は、演奏する人によっていろいろな良さが引き出される。小説も同じで、同じ作品でも読者によって違ってくるという言葉は、私のなかに深く刻まれた。

私の作家生活は地味で淡々としていて、コンビニエンスストアなどで働きながら、ただ書き続けるというものだったが、作品が出来上がると新しい読者や編集者との出会いがあった。小説家と編集者は作品を通じて特別な言葉を交わしている。「ここをこのように変えてください」という具体的なものではなく、作品のもっと深い部分、人間の無意識な部分で文学に対する大事にしている言葉を交換するような作業である。小説家の友人も増えるなかで、私はそういう時間を愛するようになった。

そして、2016年夏、「コンビニ人間」という作品で芥川賞をいただき、それをきっかけに今度は世界の扉を開けることになった。自分の作品が英訳されることになったのだ。翻訳は竹森ジニーという素晴らしい翻訳家が行い、「いらっしゃいませ」など日本独特の文化で外国人にはイメージしにくい表現も、作品の世界観を壊さないよう工夫して素晴らしい翻訳を実現してくれた。また、作品をきっかけにロンドンやニューヨークにも訪れ、新たな出会いがあったが、文化も違い、英語もろくにしゃべれない私が、奇跡のような時間を過ごせたことはとても幸せであった。私の楽譜(小説)が海外で演奏され、また次の作品がどんな音色で演奏してもらえるか今から楽しみである。

部屋に閉じこもって小説を書いていた子どもの頃の私には想像もつかない場所へ、まるで船に乗せられるように運ばれていった。小説は内面世界への旅であると同時に、思い描けない外側への扉でもあった。もちろん本日もたくさんの大切な出会いの日であると思う。演奏家(読者)でもある皆さんにも、自身の音楽を通じてたくさんの出会いがあることを願っている。

片江 佳葉子氏「作家と読者をつなぐ編集者の仕事」
片江 佳葉子
作家と読者を繋ぐ編集者の仕事について、私の実際の体験を通じてお話させていただきたい。お話にあたり、本日のパネルディスカッションに登壇される今話題の現役中学生作家、「鈴木るりか」さんの2冊の本の開発を例に進めていきたい。鈴木さんは、14歳の誕生日に、「さよなら、田中さん」でデビューし、1年後に、「14歳、明日の時間割」を出した。

編集者の仕事内容のポイントは大きく分けて3つある。1、本の中身 2、本の外見 3、販促(販売販促活動)である。

まずは、本の中身。これはもちろん1番の要であり、時代の空気を読むことを何より意識している。例えば、「14歳、明日の時間割」が生まれた背景は、東京オリンピック・パラリンピックを前に、スポーツ庁長官の「運動嫌いの中学生を半減させる」という言葉にヒントを得て、体育が苦手な中学生を主人公にした中編小説を書き上げた。中学生作家の強みを活かすために、「体育」「家庭科」「数学」など六時間の時間割短編集にして、最後に大人が主役の章「放課後」というタイトルで見事に締めくくってくれた。

次に本の外見について。これは一目瞭然、分かりやすいと思う。少しでも多くの読者が手に取ってくれるために、カバーイラスト、タイトル、オビをどのようにするのか考える。どんなに中身が素晴らしい小説でも、タイトルや装丁で損をして日の目を見ない本もたくさんある。そして、その逆もたくさんあるのでとても緊張する仕事である。

最後に販促。本は完成したら安心ではなく、そこからがスタートになる。「さよなら、田中さん」は、将棋界の藤井聡太氏や卓球界の張本選手などが活躍するなかで本にすることが決まり、社内プレゼンで「文学界にもスーパー中学生現る」ということで社をあげて盛り上げようと呼びかけた。あらゆる手段で販促活動を行い、必死に奔走していくなかで、さまざまなメディアの方が応援してくれ、小さなものも合わせ150近いメディアに取り上げていただいた。そのおかげもあり、「さよなら、田中さん」は当初初版5000部と言われていたが、版を重ね、10万部を突破することができた。

作家が命を削って、魂を込めて書いた作品を、最善の形で読者へ繋ぐ、編集者の仕事の基本は時代を超えて変わらないものであると思う。作家と編集者が真剣に取り組んだ一冊一冊が積み重なってやがて「文学」となり、「文化」へと繋がっていくのではないか。2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、またその先の新しい時代の文学が、どのような作品を生み出していくのか。私も文学に携わっている端くれとして、そして文学の一ファンとして、楽しみでならない。

小笠原歩氏「スポーツと文学~本から得られた勇気~」
小笠原歩
昨年2月、平昌オリンピックが開催され、ここにいる皆さんもカーリングを応援してくださっていたのではないかと思う。カーリングは、心技体すべてを使うスポーツであるが、特にメンタルの強さ、強靭な精神力が必要である。私がカーリングで戦っていくうえで、本の力は欠かせなかった。本日、感銘を受け、勇気をもらった三冊の本を紹介したい。まず、一冊目は羽生善治氏の「大局観-自分と戦って負けない心-」である。カーリングは氷上のチェスとも表現され、将棋に通ずるところがある。一投ごとにストーンを投げ合うので、相手はこうする、自分たちはこうするなど、頭のなかで試合を組み立てていく必要がある。戦術的、精神的なものも含め、羽生さんの本は勉強になっている。文中で、「集中するために重要なことは、モチベーションであり、時間の感覚がなくなる時は深く集中している時である」と書かれていた。私は約30年カーリングを行ってきたが、オリンピアンだからといって運動神経に非常に長けているわけでもない。だが、続けることは何よりも素晴らしい、と書かれていたことが大変嬉しかったのを覚えている。

二冊目も羽生善治氏の「決断力」。KISS=Keep It Simple,Stupid。これは、軍隊用語から来た俗語である。決断力のなかでも紹介され驚いたが、実は、カーリングでカナダ人のコーチから受けていた指導でもこの言葉が使われていた。勝負で力を発揮するために、大局観と感性のバランスを意識し、感性を養うために、読書をし、音楽を聴いたり、将棋以外の人と会うなどして、大局観とのバランスでぎりぎりのところで勝つのだという言葉はとても印象に残っている。

三冊目は荒木香織氏の「心の鍛え方」だ。荒木さんは、歴史的勝利を挙げた、前回のラグビーワールドカップの日本代表のメンタルトレーナーとして携わっていた。私自身もご縁があり、カーリングのプレーをするにあたり、彼女のメンタルトレーニング受け、それをきっかけに「心の鍛え方」も読むようになった。ここでは、目標に対するプロセスに対する明確な目標設定が大切であると書かれていた。また、失敗した時はネガティブになりすぎて自分を追い込むのではなく、次に繫がるよい経験である、とポジティブにとらえることも大切だと教えてくれた。本は一度きりの出会いではなく、何度も読み返すことで、その時の自分自身に新しい発見がある。それが財産になっていくのであると思う。

パネルディスカッション

モデレータ ロバート キャンベル氏(日本文学研究者、国文学研究資料館長、東京大学名誉教授)
パネリスト 宮田亮平氏(文化庁長官)
村田沙耶香氏(作家)
小笠原歩氏(カーリング オリンピアン)
鈴木るりか氏(作家)
片江佳葉子氏(編集者)
文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~
  • 文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~
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キャンベル テーマは文学であるので、文学をはじめとする日本文化が持っている普遍性について話を進めていきたいと思う。文化庁は去年の秋くらいから非常に大きな組織改編をし、日本の文化を発信するだけではなく、色々なプレイヤーと共振することができるように変化してきているような気がする。まずは長官から、今の文化庁がどのように変わろうとしているのか、お話いただきたい。
宮田 文化庁に来てみると、日本には素晴らしい文化が多くあるにもかかわらず、掘り下げる仕事が中心で、伝える仕事があまりできていないことに気付いた。伝えることができると、より日本の文化が楽しくなるのかなと思い、色々なことに取り組んでいるが、2020年が目前にあり、その前に「日本博」という大きなプロジェクトがやってきた。これはチャンスだなと思った。人生が面白いなと思ったのは、欲していることをアピールすることで、それを超えたものが来てくれるということ。ただ、これは一人ではできない。共振できる仲間がいることで実現できると思う。
キャンベル 文学をはじめ、日本文化が持つ力というのは、私も日々日本語のなかに浸っているので気付いていないのかもしれない。先ほど奈良県の高校生、安野君はシャープなところに目をつけていた。日本文化は非常に静的なものであると国内外からよく言われるが、動的な部分もあり、その動的な部分を見ることによって逆に静的な素質が見えてくる。10代、20代の人たちは、定量的に図れるものではなく、勢いのようなものを大切にして、そこから発想するのかもしれない。10代の鈴木さんがプロの作家として、言葉の“人々を動かす力”についてどのように捉えていらっしゃるのか、シェアしていただきたい。

文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~

鈴木 私の家の隣は図書館で、小さな頃から言葉が身近にあった。小学校4年生の時、司書の方から紹介された本が志賀直哉の「小僧の神様」で、その本は小中学生向けの文学シリーズで、字も大きく、漢字にもルビがふってあって読みやすかった。昔の小説は、難解な部分もあるかもしれないが、「小僧の神様」のはじめの一文の書き出しが、これ以外の書き出しはないと思えるつかみの強さがある言葉で、一文を読んだだけで作品の世界に入っていくことができ、とても心をつかまれた。
キャンベル 鈴木さんは、志賀直哉等の作家の名作に触れたことをきっかけに、自分の経験や見たもの、感じたことを、自分の言葉で創っていくことになってきたと思う。「さよなら、田中さん」は、ひとり親家庭で育てられた女の子が主人公。鈴木さん自身の経験とは違うけれども、そういう経験をしている知人がモデルになったようだが、その登場人物の気持ちについては自分で考えているとおっしゃっていた。自分が経験したことのないことを言葉で語り、作品を作っていくのはどういうことなのか?
鈴木 例えば、「次のお話はこんな子が出てくる話にしよう」と思ったら、その考えから登場人物たちが頭の中で自由に動き出してくれる。生活しているなかで見たり聞いたりしたこと以外にも、想像のなかで頭に降ってくることがあって、そこからすぐ筆が進む。
キャンベル 小笠原さん、スポーツの世界ではどうでしょうか?小笠原さんは本をたくさん読まれていて、それを原動力にしていると話されていたが、鈴木さんの話を聞いていて感じることはあるか。

文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~

小笠原 良い作戦が急に降ってくるとしたら、苦労もせずにメダルを取れていたのかもしれない。それでも似たような感覚はある。先ほど羽生善治氏の本から「シンプルに行けよ」という言葉を紹介させていただきましたが、どの方法を選んだらよいか本当に迷ったとき、誰とではなく、チームのみんなで「これだね」と同じ瞬間に指さすことがあって、それは似ているかなと感じた。
宮田 それで、「そだね~」ってなるのですね。
小笠原 そうですね。ネガティブな言葉をなるべく使わないようにして、ミスをしても「次があるよ」などと、自分たちのマインドを言葉で発していく。本を読むことで語彙力を高め、ポジティブな感情を言葉にする訓練の1つにもなっていると思う。
キャンベル 小笠原さんの話のように、「そだね~」といえるまでには、それまでの大変な鍛錬やそれぞれの経験が必要となると思う。片江さんは一人一人の著者を対象として丁寧に仕事をされていると思う。新しい表現やもの、文化が誕生する背中を押す時に大切にしていることは何か?
片江 作家の方のタイプにもよると思う。鈴木さんは、書いていることが楽しいタイプなので、私から何か提案したりというよりは、彼女が書いていて楽しいという気持ちを邪魔しないようにのびのびと書けるように気を遣ったりする。別の作家さんによっては、何かアイディアを出してほしいという方もいらっしゃるので、そういう場合は積極的にアイディアを出して話し合って決めたりしている。

文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~

キャンベル それぞれの分野で、編集者などの役割があり、そういう人たちを育てることは、とても大切だと思う。橋渡しや桟橋になり、そこにある資源や才能を世の中に広まっていく、共振するような流れを作ることは、日本はほかの地域に比べて弱いかもしれない。それが1つの課題かなと感じた。
実は先ほど、小笠原さんが村田さんと話をされていて、小笠原さんは、あるスポーツ選手が村田さんの「コンビニ人間」を読み、スランプで悩んでいたのだけれども、読んだらすごく元気が出たという話を聞いていた。その話をしていただけないか?
小笠原 彼女は陸上の現役選手で、大学時代に自分が落ちていた時に、村田さんの「コンビニ人間」を読んで、自分の感情がシンクロし、そこから奮起して、現在はコンビニ大手の企業の社員として夢を追っていると聞いた。アスリートは、例えばカーリングだったらカーリングという狭い世界で一生懸命にやってきたので、外からの声はふっと入ってくる。そういう素直さを持っていることもアスリートの良いところだと思うし、「本」というのはアスリートにとって欠かせないのではないかなと思う。
キャンベル 以前、村田さんとお会いした時に、これに通じる話をされていたことを思い出した。村田さん自身にとって、文学とは何か?
村田 幼少期から女の子でいることが辛かった。女性性が押しつけられ苦しい思いをしていた時に、小説と出会うことでその言葉によって救われた。その言葉がなかったら多分、私は今ここにいなかったかもしれない。私にとって文学は救いのようなものである。文学がなかったら自分のなかの真実に気付かずに一生を終えていたかもしれない。
キャンベル 村田さんのプレゼンテーションで、小説は楽譜だということを聞いてはっとした。私たちがどのような音色を出すのかというのは、理屈を超えたところでみんな違う。よいとか悪いとかということは置いておいて、それが文学の1つの大きな力かなというように思う。
小笠原さんの話を聞いていると、文化とスポーツは繋がりやすいと思うし、文化庁は他の省庁との繋がりがとれるようになってきていると感じる。宮田長官、スポーツ庁と文化庁は一緒になったほうがよいのでは?
宮田 先ほどの高校生との話で、「静」と「動」とあったように、文化庁とスポーツ庁という「静」と「動」の二つがバランスよくまとまることがよいと思う。私がやっている造形の世界の話となるが、「静」と「生」を作品のテーマとしている。イルカに出会うシーンを撮るためにバハマに行った際、結局会えずじまいになりそうであった。しかし、帰る時間の30分前に、イルカの親子に会うことができた。その時、母親は近づけちゃいけないよと子供を止めようとし、子どもは近づきたい衝動を持っていた。生きている、静かな流れ、動きを感じた。それを金工作品で表現しようと思った時に、文字はないが、感性を人の心に伝えることができるということが分かった。
キャンベル 宮田長官は昨年美術館で個展をされており、私も見に伺った。強くしなやかに海の中を泳いでいるたくさんのイルカをはじめとする固い鉄でつくられた、柔らかい、生動するものを目の当たりにした。
文学を真ん中のタワーとすると、ある階ではスポーツに通路を作って欲しい。他にも、造形であったり、伝統工芸であったり、そういう通路を作っていただくことは、文学にとってすごく大事なことである。文学のなかに描かれて受け継がれているものは力として存在する。文学を真ん中に据え、通路を作っていただくことによって、日本文化はこれから花開くと思う。
鈴木さんは、これからも言葉を紡ぎ続けると思う。あなたの言葉に触れた人たちがどういう繋がりをもって、どういう力を得て、どういう風に生きていってほしいか。未来の人たちにメッセージを送っていただきたい。

文学が繋ぐ人と人~2020年とその先の未来へ向かって~

鈴木 私はこれまで、小さい子からおじいちゃんおばあちゃん世代の方まで、幅広くファンレターをいただいてきた。80歳代の方からいただいたファンレターで、「私は年を取ってしまったので後は死を待つだけだと思っていたが、鈴木さんの本を読んで、また次も読みたいと思い、これからも生きていこうと決めた」と書かれていた。その言葉で、私も書くことへのモチベーションが上がった。本は、読むことで救われたり、自分の考えを持つこともできるものであり、私の本を読んでくれた方には「生きるということ」を感じてもらいたいと思っている。最後に光や希望を感じることができるような本を書きたいと思っているので、救われたと思ってもらえると嬉しいし、作家冥利に尽きる。
キャンベル ブラボー。これ以上最後を締めくくる言葉を思い当たらない。生きることを感じてほしいということですね。ありがとうございました。そして会場の皆さんも、大きな拍手をお願いします。
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